Azuma hakkei
文政十二年(1829) 作曲:四代目 杵屋六三郎
” 水上白き雪の富士 ──
── 雲の袖なる花の波 ”
歌詞
[前弾]〈本調子〉 実に豊かなる日の本の 橋の袂の初霞 江戸紫の曙染や 水上白き雪の富士 雲の袖なる花の波 目許美し御所桜 御殿山なす人群の かをりに酔ひし園の蝶 花のかざしを垣間見に 青簾の小舟 謡ふ小唄の声高輪に
[佃の合方]
〈二上り〉 遥か彼方のほととぎす 初音かけたか羽衣の 松は天女の戯れを 三保にたとへて駿河の名ある 台の余勢の弥高く 見下す岸の筏守 日を背負うたる阿弥陀笠 法のかたへの宮戸川 流れ渡りに色々の 花の錦の浅草や 御寺をよそに浮かれ男は 何地へそれし矢大神 紋日に当たる辻占の 松葉かんざし二筋の 道のいしぶみ露踏み分けて 含む矢立の墨田川 目につく秋の七草に 拍子通はす紙砧
[砧の合方]
〈三下り〉 忍ぶ文字摺乱るる雁の玉章に 便りを聞かん封じ目を きりの渡に棹さす舟も いつ越えたやら衣紋坂 見世清掻に引き寄せられて つい居続けの朝の雪 積もり積もりて情けの深み 恋の関所も忍ぶが岡の 蓮によれる糸竹の 調べゆかしき浮島の 潟なすもとに籠もりせば
[楽合方]
楽の音共に東叡よりも 風が降らする花紅葉 手に手合はせて貴賎の誓ひ 弁財天の御影もる 池のほとりの尊くも 廻りてや見ん八つの名所
解説
この曲は文政12年(1829)にできたもので、江戸の名所を季節感とともに歌い上げたものです。本調子で春を、二上がりで夏を、さらに三下がりで秋、冬をというように展開する四季ものとして当時としては新機軸の曲といえます。
ご存知のように八景とは、実際に近江八景や金沢八景などが実在しますが、もともとは中国の洞庭湖に注ぎ込む流域一帯の景勝地簫湘(しょうしょう)八景から由来するものです。
この曲では、実際には八つ以上の風景が読まれていますが固いことはこの際言わない。
「日の本の」で日本橋の風景を、さらに高輪、駿河台、お茶の水と経て吉原、最後は不忍池というように江戸下町をワープしながらめぐります。
「地名まで駿河三河は台にのせ」という句があるように、「台の余勢のいや高く」とは駿河台に住む徳川家臣の住居が勢いを得た様を表し、幕府に一応敬意を表しています。
また、宮戸川とは隅田川の吾妻橋から上流のことです。 曲に出てくる「紙砧」とは再生紙を作る過程で叩くための道具であり、昔から浅草紙とは品質の悪い紙を指していました。いわゆる劇場型と違った洒落た雰囲気の曲をお楽しみください。
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